タンノイ・オートグラフを導入しました(その3.)

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 (オートグラフの構造図です)

 自分の知る範囲、記憶の範囲でオートグラフにまつわる話を書いてみます。タンノイに詳しい人には釈迦に説法だと思いますがご容赦を。

 オートグラフは1953年に生産が開始されましたが、当時のユニットは最初のデュアルコンセントリックユニットである1947年発売のモニターブラックの、次のモデルとなったモニターシルバーでした。
 ニューヨークのオーディオショーでお披露目されましたが、当初はエンクロージャーの外観デザインがその後のものとは異なり、どことなく中国の家具のような雰囲気でした。
 その後モニターレッド(五味康介先生はコレ。ユニットが38ポンドで箱に収めて165ポンド)、さらにモニターゴールドとユニットの変遷が続く中、オートグラフの生産は続けられていました。

 1974年、タンノイ本社で工場の火災があり、自社でのコーン紙の製造が不可能となりました。
 そのためコーン紙を西ドイツのクルトミューラー社から購入する事になり、伝統のデュアルコンセントリックユニットは大きく変わることになりました。

 オートグラフはコアキシャル2wayのツィーターが1KHz以上を受け持つホーン、それ以下の周波数帯域もフロントロードホーン(公称350~1KHz。自分は200Hzくらいから動作していると思います)とバックロードホーン(公称~350Hz。同じく~200Hzで動作しているのでは?)のコンパウンドホーンという3wayオールホーン型スピーカーです。
 ホーンならホーン型に相応しいユニット(ドライバー)という物があります。

 ホーン型スピーカーの振動板は軽量で反応が早く、振動板が歪まない様に強度があり、かつ固有の鳴きの無いない事が求められます。
振幅は大きく取れなくても問題ありません。ホーンロードをかけるのでオーバーダンピング気味のQの低いユニットが好都合で、マグネットは振動板の重量に対して強力である方が宜しい。

 しかしHPD385Aのマグネットはモニターゴールドのそれと同じ物であったのに対し、クルトミューラー製のコーン紙はゴールドのそれより重く、HPDの能率は91dbに低下しました。
 さらにコーン紙の剛性が不足していたのか、裏面にリブが付けてありました。
 加えてエッジはロングストロークを狙ったのか、それまでのフィックスドエッジからウレタンエッジに変更されていました。。
 ホーンスピーカー用とは真逆の振動板であったためでしょうか、それとも日本以外では売れなくなったためでしょうか、オートグラフは生産完了となりました(タンノイ社の談では職人の高齢化により、生産が続けられなくなったと発表されていましたが…)。

 日本国内ではオートグラフ生産完了後もそれを求める人が後を絶たず、輸入元のTEACがその復刻版を企画、タンノイ本社と折衝を重ねノックダウン生産の許可を得て、生産終了僅か二年後の1976年に再生産・販売を始めました。
 無い袖は振れませんから、ユニットはHPD385Aを使用する事になりました。

 TEACは暫くこのオートグラフを生産しており、日本国内で販売されたオートグラフの数は、オリジナルよりもTEAC製が多いのではないでしょうか。
 これをレプリカと呼ぶ人もいますが、これはタンノイ本社の認証を受けて再生産されたノックダウン製品ですから、レプリカの呼称は少し謙遜し過ぎだとおもいます(その前後に出ていた他社製の箱、ユートピア製やヒノ製はレプリカで良いでしょう)。

 TEAC製の進工舎箱、HPD385Aのオートグラフが何時頃生産中止となったのかは記憶にないのですが、数年間は売られていたと思います。

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